専門家の声

臨床美術と子ども

子どもの興味や関心、気持ちのおもむくままに。「表現せずにはいられない」これが臨床美術の醍醐味。那須信樹 氏 ー東京家政大学 子ども学部 子ども支援学科教授ー

子どもたちの日常的な遊びの中に存在する「非認知的能力」を育むきっかけ

 「生きる力」の重要性が盛んに喧伝されていますが、その「生きる力」の基礎になる部分、例えば、心身の健康や忍耐力、やる気、自信、協調性といった「非認知的能力」を育むきっかけが、子どもたちの日常的な遊びの中にこそ存在しているということが明らかにされてきました。
 非認知的能力とは、例えば「友達とけんかしたらどうやって関係を修復するのか」「何かを作りたいけれど道具がない。ではどうやって工夫するのか」、あるいは「好奇心」や「探究心」といったことなどで、この非認知的能力の基礎を乳幼児期に育むことが、そのひと個人や国の将来を決定するという、著名な経済学者の話もあるほどです。では、どのようにして非認知的能力を高めることができるのでしょうか?

子どもたちにとっての遊びとは

 実は、先述の通り、遊びの中でこそ、この能力が高められると言われています。つまり、質の高い遊びの中には、その要素がふんだんに含まれているということになるわけです。身体を使って、五感を通して、あれこれ試行錯誤が可能となるような遊びです。そのためには、しっかりと遊び込める環境が必要ですが、重要なのは、子どもたちにとっての遊びとは「動機」であって「目的」ではないという点です。動機があれば動き出す。それが遊びだということです。

子どもの興味や関心、気持ちのおもむくままに表現できる「臨床美術」

 親や保育者の多くは、幼児教育とは目的であり、何かを与えたり教え込んだりすることだと思いがちです。だから絵を描かせる時も「絵の具は絵筆を使って画用紙に塗りましょう」「こういう作品にしましょう」と、大人側の価値観を押し付けて同一の手順で、同じような絵を描かせようとします。もし子どものうちのだれかが絵の具を手に塗りはじめたら、「違うでしょ!」となってしまいます。これに対して臨床美術の考え方は、子どもの興味や関心、気持ちのおもむくままに表現できる、そういう場所や時間を提供しようとします。まさに遊び込める環境の提供を行っているようなものです。
 子どもたちは、こうした活動の流れの中で、絵を描くことが目的ではなく、目の前にある作品に関わり続けたいという動機が強まっていくのだと思います。描いた絵を切り取って台紙に貼る。台紙にいろいろ貼っていくうちに今度はそのことの方が楽しくなってくる。加えて、独り言や友達との会話も増えてきます。やりながら子どもたちはどんどん活動を変えていきます。まさに非認知的能力が活性化されてきているのが、見ている私たちにも伝わってきます。「表現せずにはいられない」という感情が内側から湧き上がってくるのでしょうね。これが臨床美術の面白さ、醍醐味だと感じています。

 これからの教育は、単に教え込んだりするだけではなく、子どもの内にあるものを引き出すことにも注力すべきではないかと考えています。そのための手立てとして、幼児教育の営みに対する臨床美術的なアプローチは極めてユニークでまだまだ多くの教育的可能性を秘めている手法だということを実感しています。

那須 信樹 氏 ー東京家政大学 子ども学部 子ども支援学科教授ー